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ボクの生い立ち。(その2)

すっかり涼しくなりましたでつ♪

みなたまは おなかを出して寝て風邪をひいたりしてまてんか?

コスモスの季節でつ。今は花弁が八重のものや、かわった色のコスモス(チョコレート色やサーモンピンクなど。)もあるんでつよ~。でもボクの家の近くにはすたんだーどなコスモス畑がひろがっています。

町の花がコスモスなのは新潟県の湯沢町などだそうでつ。(残念ながら富山にはありまてん。)

***湯沢町****(越後湯沢)温泉で有名でつ。川端康成の『雪国』の舞台でつ。”国境の長いトンネルを抜けると雪国であった~~♪”

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でも近くにはなぜか朝顔がさいていまつ。

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先週の”ボクの生い立ち その1”で紹介したかった、ボクの福井時代の画像が出てきたので ごらんくだたい。

(拾われて間もないとき。)

さいしょは注射器でミルクをもらってまつ。おとうさんの小指くらいの注射器が大きく見えまつ。口からミルクをこぼしてしまうので ミルクをもらうときボクはタオルに包まれていました。だからボクは今でもタオルが大好きでつ。(ネコの赤ちゃんはツメを出したり引っ込めたりできないので、ツメが出たままでつ。)↓  ↓  ↓

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おなかいっぱいになったら学校から帰ってきたお姉ちゃんと遊んだり、お昼寝したりしました♪

ZZZ・・・

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ちょっと大きくなったらネコ用哺乳瓶を買ってもらいました。

お兄ちゃんもボクにミルクを飲ませてくれました。(なかなか慣れた手つきでつ。)

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ミルクを必死で飲むボク。

富山に来たときもこうやって飲んでいたので富山のパパは”目がいってる。”っと言いました。(飲むことに集中するとこんな顔になるんでつ!!)

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そしてミルクをいっぱいのんだら こんなおなかになりまつ。

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でも、たくさん運動するので とってもスリム♪♪

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赤ちゃんがいるので 遊び道具にも事欠きまてん。ボクにはらくえんのような環境でしたでつ。

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ボールだってあるんだよ♪

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(そして 現在のボク。)

いっしょにいるのは最近うちにきたカモちゃんでつ。ばぁばがボクにプレゼントしてくれたんでつ♪

***カモちゃん。***

「リラックマ」など、大人も癒やされるキャラクターを展開するサンエックスのキャラクター。優柔不断さやあいまいさを全肯定する「かものはしかも。」「あいまいで優柔不断。カモノハシなのかそうでないのか自分でも分かっていない」という性格、デザイン。(アサヒ・コム編集部)・・だそうでつ。これは帽子がメロンパンみたいなので”メロンパンかも”っというそうでつ。

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いっしょにじゃれてみたり・・

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ケンカごっこしてみたり・・

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くわえて持って移動したり かなり気に入りましたでつ。(きのうトイレにも連れて行ったらママにおこらりました。)

ところで・・ボクが赤ちゃんのときに離れてしまったお母さんのおっぱいを思い出しているところでつ。赤ちゃんの時にくるんでくれたタオルがボクにとってお母さんの感触なので、コットンブランケットにモミモミしていまつ。(真ん中の三角をぽちっと押してね。)↓  ↓  ↓

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おわり。

ボクの生い立ち。(その1)

みなたん、はろー♪でつ。

最近、はれの日が続いてるのでボクと兄ちゃんはおそとでいっぱい遊んでまつよ♪♪

昨日は かえるさんとヘビさんに会いました。ヘビさんに会ったのは初めてでつ。パパが ”シマヘビかなぁ、やまかがしかも。”っと言ってました。いつものかまきりさんにも会いましたが、おなかが大きくて、同じ所でソワソワして挙動不審でしたでつ。

家の中にはハエさんが出口を探してブンブン飛んでましたでつ。空気の入れ替えで窓を開けていたので蚊とアシナガバチもいたし、お風呂にはゲジさんが2匹もいました。一匹のゲジさんは天井からぽたっ、と落ちてきましたでつ。たくさん足があるけど、ヤモリより天井を歩くのがへたみたいでつ。

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ところで昨日のかまきりさんが 今日、出産してましたでつ。びっくり。

去年ボクがはじめて見たカマキリの産卵は11月だったけどなぁ。。その時の赤ちゃんがもう卵を産んでるのってすごく不思議でつ。

今年の産卵は地上から1m30㎝くらいのところ。かまきりさんの予言どおりなら今年は豪雪ってことでつよ(TT)

(父親らしきかまきりさんは、少しはなれたあじさいの葉っぱの上でうろうろしてましたでつ。)

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kamakiri

ネコのおんなのこも半年で子猫を生めるようになるんでつよ。ボクのおかあさんもこんなふうにボクを一生懸命生んでくれたのかなぁ。かまきりさんを見ながらボクはお母さんのことを考えました。 あんまりよくおぼえてまてん。

でも、お母さんはふわふわで暖かくて、やさしくボクをなめてくれてたような気がしまつ。ボクは見えない目でおっぱいに吸い付いてたんだと思いまつ。ネコの赤ちゃんはみんなそうだもん。

でも何日もたたないうちにボクはお母さんから引き離されて、福井の無人駅に捨てられたのでつ。

(イメージ。)↓  ↓  ↓

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しかも ボクが捨てられたのはゴミ箱だったのでつ。せめて兄ちゃんみたいに桜の下とかにしてほしかったでつ!(怒)

ボクは寒いのと お腹がすいたので 夜の間じゅう、ずっと鳴いてました。普通は子供の泣き声を聞きつけたらネコのお母さんは子供を助けにくるんでつ。火事になったおうちのなかにでも飛び込んで助けにくるんでつよ。(さいごの”スカーレットのはなし”を読んでね。)

お母さんがこないので、ボクはずーーーーっと、、ずーーーーっっと鳴き続けました。

最後の電車が通り過ぎて、静かになったあとも、ボクの声が小さな駅にひびいてました。

(イメージ) ↓  ↓  ↓

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朝、掃除のおばさんが 駅の掃除にやってきました。袋に入れようとしてゴミ箱をひっくり返すとボクがころん、、っと出てきました。

おばさんが小さいハツカネズミみたいなボクを見てびっくりしていると、ちょうどボクの福井のおとうさんが散歩で通りかかりました。近所のおばあちゃんが ”昨日の夜、この子猫がずっと鳴いてたよ。連れて来てあげようかと思ったんだけど飼えないから、そのままにしておいてたのよ。”っと言いました。

お父さんは子供が生まれたばかりだったので、”うちの子供は大切に育てられてるのに、ネコの子供はゴミ箱に捨てられるなんて、同じ赤ちゃんなのに不公平だ。”っと思ったそうでつ。それでボクをお家に連れて帰ってくれました。

ボクは暖かいタオルに包まれてミルクをいっぱい飲ませてもらいました。そして福井のお父さんの家の子になりました。お母さんが赤ちゃんにおっぱいをあげてる横で、ネコ用の粉ミルクを哺乳瓶に入れてボクに飲ませてくれました。このときの安心感はボクは一生忘れまてん。

お家には小学生のお兄ちゃんやお姉ちゃんがいたのでみんなでいっぱい遊びました。お外に行って遊ぶ時も、お昼寝も一緒でつ。でも、夜になってもボクが寝ないで走り回るので、ボクだけ他の部屋に入れられました。ボクのやんちゃな性格と、自立心はこのころ芽生えたのだと思いまつ。(だって本を読んだらネコの社会性は生後3ヶ月に身に付く、って書いてたんだもん。)

だけどしばらくして、お姉ちゃんがネコアレルギーになってしまいました。それでボクは里子に出されることになりました。

お父さんはなるべく近くに住んでいる、いい人にあげたいと思って福井新聞の里親募集に出しました。それからウェブにも出しました。そしたら立山のママが応募したのでつ。(ママは本当は他の子がカワイイと思ったのでつが、遠すぎてダメだったので妥協して あまりかわいくないボクにおうぼしたそうでつ。小さいときからボクは写真うつりが悪かったんでつ。)

最初、福井のお父さんは”近くの人に譲りたいので。”っと言って断ったのでつが、やりとりをしている間に、ママにあげてもいいかな、っと思いました。それでボクは立山に来ることになりました。

福井のおとうさんは本当にボクのことを可愛がってくれてて、ボクを手渡しする時にママに ”娘を嫁にやるときの訓練になります。”っと言いました。そしてお父さんがケージを開けると、中でず~~っと暇をもてあましてたボクは びっくり箱みたいにびょ~~ん!!!っと飛び出しました。そしてママの手をガブガブっと噛みました。

ママは”すごくカワイイですね~♪♪”っと顔を引きつらせながら言いましたが、あまりの痛さに ”凶暴な子だけどちゃんと育てられるかな。”っと不安がよぎったそうでつ。

ママはボクの哺乳瓶やおしっこ砂など一式を一緒にもらってお家に帰りました。ボクはお家に着くと、がまんしてたおしっこをして、いっぱいミルクをのんで、疲れてたのでころんと寝てしまいました。第一日目でつ。

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ボクは前のお家の匂いが付いたものがたくさんあったので安心して、すぐに新しいお家になじむことができました。

ボクはちゃんとおしっこ砂でおしっこしたので ”とても賢い子だね。”っと言って誉められました。(今は違うところにおしっこして よくおこらります。)でも、夜になったら違う部屋で寝る習慣が付いてたので キャットタワーによじのぼってひとりで寝ようとしました。(半年くらいたって、やっとボクは新しいお家ではみんなで一緒にねるんだということが分かりました。)

なぜか必死でミルクを飲むボク。ボクが無心でミルクをのんでると ”ガツガツしている”っと言われました。(これが最後のミルクのような気がするのは捨てられた心の傷だと思いまつ。でもパパもご飯を食べる時ガツガツしてるでつよ?パパも赤ちゃんの時ゴミ箱に捨てられたのかなぁ??)

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Image22

ちゅぼぼぼぼ!!!!

・・・そして深い眠り。・・・

これを繰り返してボクは大きくなりました。

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とつぜんでつが、空き地に咲いてるツユクサ。

朝咲いた花が昼しぼむことが朝露を連想させることから「露草」と名付けられたという説があるそうでつ。英名のDayflowerも「その日のうちにしぼむ花」という意味がありまつ。(wikipedia)

今にして思えば、ゴミ箱に捨てられたボクはゴミに囲まれて保温できたのでラッキーだったみたいでつ。儚いツユクサとは反対に ボクは何があってもたくましく生きていきまつよ~!!!

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***スカーレットのはなし***

彼 女は短い毛をした,ただの名もない野良猫でした。5匹の子猫を抱え,イーストニューヨークの貧民街で何とか生き延びようとしていました。この母猫は,使わ れなくなって壊れかけたガレージをねぐらにしていましたが,そこは何度も不審火の被害に遭っていました。母猫は,成長してゆく子猫たちを養うため,近所を 回って残飯あさりをしていました。
そ のすべてが変わろうとしていたのは,1996年3月29日の午前6時6分のことです。原因不明の火事が起きて,ガレージはあっという間に火の海になり,こ の猫の家族のねぐらも炎に包まれました。はしご車隊175番が消火に駆けつけ,間もなく火事はおさまりました。消防士の一人デービッド・ジアネリは,子猫 の鳴き声を聞きつけ,3匹の子猫がガレージのすぐ外に,もう1匹が通りを4分の3ほど渡った所に,5匹目が歩道の上にいるのを見つけました。子猫たちは, 自力で逃げ出したにしては小さすぎました。子猫のやけどの度合いが1匹ごとにだんだんひどくなっていることにジアネリは気づきました。母猫が子猫を1匹ず つ運び出した時に,助け出してもらうまで長い時間待っていた子猫もいたのです。
1996 年4月7日付のニューヨーク・デーリー・ニューズ紙の記事は,この母猫がいた場所や子猫を気遣う様子について,次のように伝えました。「母猫が苦痛のあま り,近くの空き地に倒れているのを見つけたジアネリは,その姿に心を痛めた。煙のせいで母猫の目は腫れ上がり,開けることもできず,足の裏にはひどいやけ どを負っていた。顔,耳,足にも大やけどをしていた。ジアネリは段ボール箱を見つけ,母猫と子猫をそっとその中に入れた。『母猫は目も開けられない状態な のに,足で1匹ずつ子猫に触れ,その数を確認していた』とジアネリは語った」。
猫 たちがノースショア・アニマル・リーグに運びこまれたときは,予断を許さない状況でした。前述の記事はこう続けています。「ショック症状を抑える薬が用い られた。この勇敢な猫には抗生物質の入った点滴が打たれ,やけどを負った部分には抗生物質のクリームがそっと塗られた。それから,呼吸ができるよう,この 母猫が高圧酸素室に入れられると,アニマル・リーグのスタッフ全員はかたずをのんで成り行きを見守った。……48時間もたたないうちに,このヒロインは起 き上がれるようになっていた。腫れ上がっていたその目も開き,医師たちが診断したところ,何の損傷も認められなかった」。
ちょっ と考えてみてください。本来なら火を恐れるはずなのに,泣き叫ぶ我が子を救い出そうと,煙の充満した燃え盛るガレージの中に飛び込んでゆくこの勇気ある母 親の姿を,しばし心に描いてみてください。自分では何もできない小さな子猫を運び出すために1度火の中へ飛び込むことさえ信じがたいことであるのに,それ を5回も,しかもそのたびに顔や足のやけどがひどくなって痛みも増してゆくのに行なうというのは,本当に想像を絶することです。この勇敢な動物はスカー レット[緋色の意]と名づけられました。やけどでむき出しになった皮膚が緋色,つまり赤い色をしていたからです。
子 供を思う母親のこの感動的な話がすぐさま,ノースショア・アニマル・リーグから世界中に放送されるや,ひっきりなしに電話がかかってくるようになりまし た。6,000人を超える人々が,遠く日本,オランダ,南アフリカなどから,スカーレットの容態を尋ねて電話をかけてきました。1,500人ほどの人はス カーレットと子猫を引き取りたいと言ってきました。後に,1匹の子猫は死にました。
ス カーレットは世界中の人々に感動を与えました。それにつけても考えさせられるのは,子供がまだ胎内にいるうちに処分してしまったり誕生後間もなく虐待して 殺してしまったりする今日の大勢の母親たちは,子供を思う母親,スカーレットの模範を見て平気でいられるのだろうかということです。

彼女は短い毛をした,ただの名もない野良猫でした。5匹の子猫を抱え,イーストニューヨークの貧民街で何とか生き延びようとしていました。この母猫 は,使われなくなって壊れかけたガレージをねぐらにしていましたが,そこは何度も不審火の被害に遭っていました。母猫は,成長してゆく子猫たちを養うた め,近所を回って残飯あさりをしていました。

そのすべてが変わろうとしていたのは,1996年3月29日の午前6時6分のことです。原因不明の火事が起きて,ガレージはあっという間に火の海に なり,この猫の家族のねぐらも炎に包まれました。はしご車隊175番が消火に駆けつけ,間もなく火事はおさまりました。消防士の一人デービッド・ジアネリ は,子猫の鳴き声を聞きつけ,3匹の子猫がガレージのすぐ外に,もう1匹が通りを4分の3ほど渡った所に,5匹目が歩道の上にいるのを見つけました。子猫 たちは,自力で逃げ出したにしては小さすぎました。子猫のやけどの度合いが1匹ごとにだんだんひどくなっていることにジアネリは気づきました。母猫が子猫 を1匹ずつ運び出した時に,助け出してもらうまで長い時間待っていた子猫もいたのです。

1996年4月7日付のニューヨーク・デーリー・ニューズ紙の記事は,この母猫がいた場所や子猫を気遣う様子について,次のように伝えました。「母 猫が苦痛のあまり,近くの空き地に倒れているのを見つけたジアネリは,その姿に心を痛めた。煙のせいで母猫の目は腫れ上がり,開けることもできず,足の裏 にはひどいやけどを負っていた。顔,耳,足にも大やけどをしていた。ジアネリは段ボール箱を見つけ,母猫と子猫をそっとその中に入れた。『母猫は目も開け られない状態なのに,足で1匹ずつ子猫に触れ,その数を確認していた』とジアネリは語った」。

猫たちがノースショア・アニマル・リーグに運びこまれたときは,予断を許さない状況でした。前述の記事はこう続けています。「ショック症状を抑える 薬が用いられた。この勇敢な猫には抗生物質の入った点滴が打たれ,やけどを負った部分には抗生物質のクリームがそっと塗られた。それから,呼吸ができるよ う,この母猫が高圧酸素室に入れられると,アニマル・リーグのスタッフ全員はかたずをのんで成り行きを見守った。……48時間もたたないうちに,このヒロ インは起き上がれるようになっていた。腫れ上がっていたその目も開き,医師たちが診断したところ,何の損傷も認められなかった」。

ちょっと考えてみてください。本来なら火を恐れるはずなのに,泣き叫ぶ我が子を救い出そうと,煙の充満した燃え盛るガレージの中に飛び込んでゆくこ の勇気ある母親の姿を,しばし心に描いてみてください。自分では何もできない小さな子猫を運び出すために1度火の中へ飛び込むことさえ信じがたいことであ るのに,それを5回も,しかもそのたびに顔や足のやけどがひどくなって痛みも増してゆくのに行なうというのは,本当に想像を絶することです。この勇敢な動 物はスカーレット[緋色の意]と名づけられました。やけどでむき出しになった皮膚が緋色,つまり赤い色をしていたからです。

子供を思う母親のこの感動的な話がすぐさま,ノースショア・アニマル・リーグから世界中に放送されるや,ひっきりなしに電話がかかってくるようにな りました。6,000人を超える人々が,遠く日本,オランダ,南アフリカなどから,スカーレットの容態を尋ねて電話をかけてきました。1,500人ほどの 人はスカーレットと子猫を引き取りたいと言ってきました。後に,1匹の子猫は死にました。***********

にんげんでも子供がまだ胎内にいるうちに処分したり虐待して殺してしまったりする人がいっぱいいるのにすごいでつね!!

ボクはおとこのこでつが、スカーレットみたいに勇敢なネコになりたいでつ。(すぐしっぽがふくらむボクでもなれるかなぁ。。)

ボクとパパのレトロな日々。

今日、ボクははじめてオニヤンマを見ました。

すごく大きくてきれいだったのでびっくりしました。なんだか宝石みたいでつ!

パパが”これオニヤンマだよ。”っと教えてくれました。

他のトンボと違ってオニヤンマは手で枝を持って体がぶら~~ん、、っとぶらさがるので何してるのかな?っと思いまつ。(画像の手のところみてね。)手が細いから筋トレしてるのかもしれまてん。

↓  ↓  ↓
aaaa

でも筋トレの成果が少し出てくる1,2ヵ月後にはオニヤンマは他界してまつ。(寿命がそれくらいなんでつ。)

無駄な努力だよ、っと教えてあげるのは果たして親切なのだろうか、っと悩みまつでつ。

かまきりさんも、すっかり大人になっていましたでつよ♪ 子供の時はみどり一色だったけど、体の一部が茶色くなっててて なんだか貫禄がありまつ。生まれてから1年もたってないのにすごいでつね!!

↓  ↓  ↓

bbbbbbbb

ヤゴが脱皮を繰り返して、大きなオニヤンマになったり、カマキリさんが色んな物を食べてりっぱに成長している間、こんなことをしてあそんでいたボクはアホでつか??

↓  ↓  ↓

cccc

ボクより小さいトンボやカマキリに先を越されると、すごく自尊心が傷つきまつが 傷ついてもすぐ忘れるのがボクのいいところでつ♪

下の画像は空き地に生えてる雑草。ちょっと麦に似てまつが、空き地博士のパパもこの雑草の名前は知らないそうでつ。ふわっとしたところはボクのしっぽにも似ていまつ。

ぽか~ん、、っと見てると パパが”こうやって遊ぶんだよ” っとおしえてくれました。

下のほうを持って・・・

↓  ↓  ↓

ddddddddd

ずいーーっっと上に持っていくと ”ウニ” のできあがり♪♪

↓  ↓  ↓

eee

パパはこのようなことをいったいどこで学んだのだろう、っと思いましたでつ。

ふと、田んぼに目をやってみると、いつの間にか稲がすっかりなくなっていました。

ここはボクのテリトリーなのに どうして勝手に稲刈りするんだろう、っと思いまつ。ボクは他に異常がないか確認作業に追われていました。

↓  ↓  ↓

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